January 30, 2004

先日、テレビでタバコの有害性をレポートした番組を見たマーヤちゃん。詳しいことはわからないものの、「タバコは毒」だということは理解したようです。
テレビを見た後に、私のところに来て「パパは毒を吸ってるの?パパが死んじゃったらどうしよう」と心配そうに言いにきました。
我が家のパパは1日に2箱ペースの愛煙家。
そんなパパがキッチンの換気扇の下でタバコを吸い始めると、キッチンの高さほどしか背がない小さなマーヤがトコトコやってきて、こう言います。
「パパ、タバコは毒だよ」
お出かけ時、タバコを買いに行くパパに向かってまたまた一言。
「パパ、タバコ買わないで。タバコは毒だよ」
気まずいパパがマーヤにたずねました。
「『毒』って何だか知ってるの?」
「・・・わかんない」・・・(^^;)
娘の言葉はパパにとっては重いらしく、日中は喫煙本数が激減したそうです。
【Photo】パパが死んじゃったらどうしよう・・・(マーヤ)
January 29, 2004

ある晩のこと。
寝る前に、双子が何かモメていました。見ると本棚から絵本が散乱していて、サーヤが片付けていました。マーヤはソファのところでむくれています。
何があったのか詳しくは知らないのですが、サーヤはぶちぶち文句を言っていました。
「まーちゃんがぐちゃぐちゃにするからでしょ!」
そしてさらに一言
「さーちゃんはまーちゃんのために言ってるのよ!」
・・・真相はよくわからないけど、面白い光景でした。(^^;)
【Photo】サーヤはまーちゃんのために言ってるの!(サーヤ)
January 28, 2004

我が家の長男・ルークが入院しました。
最近、おしっこにしばしば行くようになり、しかも量があまりでないので「結石かも」と覚悟して病院に連れていきました。検査の結果、やはり尿道に石が見つかりました。
その日の夜にすぐ手術をしてもらい、6日間の入院。面会に行くとかえって興奮して傷によくないので、面会謝絶となりました。
ルークが入院している間、残された家族はみんなさびしくて、ごはんを食べている時も「ルークちゃん、どうしてるかなあ」と話していました。双子たちも「ごはん食べたら、ルークちゃんに会いに行きましょうよ」と言い出し、「傷にさわるから会えないんだって」と答える私の方も胸キュン状態。
私は何度もルークの夢を見、夫と双子は日中、ルークの足音(爪音)や鳴き声を聞いたと言います。
毎日のように病院に電話をし、6日目にやっと退院の許可が出ました。みんなでお迎えに行き、家に連れて帰り、やっと家族全員がそろいました。
犬でもいなくなるとさびしいものです。あらためて我が家は5人家族(5匹家族?)だと思った次第。
退院はしたものの、抜糸もまだなので傷が痛むのか、毎日、寝てばかりです。早く元気になってね。
【Photo】傷口をなめないように襟巻きトカゲのような器具を付けたルーク。退院時、前足には点滴注射をしたのでピンクの包帯が巻かれていました。
January 27, 2004

先日、双子たちに「マッチ売りの少女」のお話を読んであげました。
「寒い」とか「おなかがすいた」とか実感としては二人とも、なかなかわいてないようでしたが、それでも読んだあとに「マッチ売りの女の子カワイショウネ(可愛そうね)」と言っていました。
久しぶりに「マッチ売りの少女」の話を読んだ、親の私の方が胸がつまってしまいました。
小さい頃に昔話として読んでいた時は、ただ可愛そう、という印象しかありませんでしたが、少女がマッチをすっていろんな幻覚を見て死んでいく、というくだりで、昨今、世間をさわがせている幼児虐待のニュースをあれこれ思い出し、ダンボールに入れられて3ヶ月放置されたまま死んでいった女の子や食事を与えられず衰弱死してしまった子供たちも、死ぬ間際には、お母さんに抱きしめられる幻覚をみながら笑顔で死んでいったのでは・・・などと思うと本を読みながら涙が止まりませんでした。
「マッチ売りの少女」のお話を読んであげてからしばらくたったある日、サーヤが聞いてきました。
「マッチ売りの女の子はどうして裸足だったの?」
「お金がなかったからよ」
「女の子、お金を大事にしなかったの?」
「女の子が大事にしなかったんじゃなくて、女の子のお父さんがお金を大事にしなかったのよ。お金があったらお酒ばかり飲んで、お金がなくなったら女の子に『マッチ売ってこい!』って言うんだよ。可愛そうねえ。」
そして私からサーヤに聞いてみました。
「さーちゃんのパパがお酒ばかり飲んで『マッチ売ってこい!』って言ったらどうする?」
サーヤの答えは・・・
「さーちゃん、パパにメッて言う。」
いやはや・・・たくましく成長中のサーヤでした。(^^;)
【Photo】「さーちゃん、マッチなんて売らないわよ」(サーヤ)
January 26, 2004

最近、双子たちの会話に「ノコイさん」という人が時々登場します。
「ノコイさんもおいしいって言ってたね」などと、突然言い出すので、「ノコイさんって誰?」とたずねてみるのですが、そのたびに「ノコイさんよ」と当然知ってるだろう、といわんばかりの返事をされてしまいます。夫もノコイさんについてはまったく心当たりがないようです。
先日、勇気をもって二人に聞いてみました。
「ノコイさんってどんな人?」
「(髪の毛を両手でくるくるっと巻く真似をして)こんな髪した人よ」
「ノコイさんって男の人?女の人?」
「女の人」「おねえちゃん!」
「ノコイさんってどこに住んでるの?」
「んーっとね・・・遠いところよ」「山に住んでるの、車で行かなくちゃ」
どうやら二人の間には「ノコイさん」についての共通認識があるようです。なんでママは知らないの?という表情で、私の質問に答えていました。
子供が小さいうちは、こんなことってしばしばあるそうですね。「玄関にいつもアヒルがいるよ」とか、「(死んだはずの)おじいちゃん、いつもニコニコしてるね」と言い出したり・・・。
「ノコイさん」は二人の空想の世界の人物なのか、二人にだけ見えている人なのか不明ですが、二人の会話から推測すると、悪い人でもなさそうなので、よろしくおつきあいいただこうかと思っています。
でもやっぱり気になる「ノコイさん」でした。
【Photo】ノコイさんって遠いところに住んでるのよ(サーヤ)
January 23, 2004

全身麻酔をかけられたことと、赤ん坊を取り上げたあとに子宮内膜症の手術も行われたため、大量の出血をしてしまい、術後、丸一日、私は意識が回復したかと思うと再び眠りに落ち、朦朧とした状態が続きました。
その間に何度も夫に「子供は何グラムだった?」と聞いていたそうです。
夢の中で真っ白な廊下が続き、その廊下の向こうからヒューっとひっぱられていかれるような感覚を何度も味わいました。これが「臨死体験」というものでしょうか?
麻酔から完全に覚めた後も、ひどい貧血のため、私の身体はなかなか回復しませんでした。出産は水曜日、私が子供たちの顔を初めて見たのは3日後の土曜日のことでした。しかも自力で歩くことができず、車椅子での対面でした。
ガラスごしの赤ん坊は小さく、でも確かに生きていました。
「小さい子」は自力でミルクを飲むことができず、鼻から管を通され栄養を補給していました。それでもモゾモゾと動いて、確かに生きていました。
月曜日、母親である私だけNICU(新生児集中治療室)への入室を許され、次女・マーヤに初めての授乳をしました。マーヤですら人形のように小さく、うまくおっぱいを飲むことができません。あまりに小さくてこわれそうで、抱いてあげる私の方もこわごわ。それが初めてのふれあいでした。
初めてサーヤを沐浴をさせた時はベビーバスでも足が届かず、あまりの小ささにビックリしました。サーヤの頭は私のげんこつほどもありませんでした。
誕生から1週間後、仮死状態で生まれながらも順調に成長した次女・マーヤは早くも「母子同室」になりました。長女・サーヤはまだNICUの中です。
それでも私だけは毎日NICUに入ることができたので、抱いてあげたり授乳をしたりしてあげようと思っていました。ところが・・・。
次女・マーヤがMRSAに院内感染してしまい、私とマーヤは個室に隔離されました。私もMRSAの保菌者になっている可能性があるので、NICUにいるサーヤとの面会も禁止されました。
わずか数回のふれあいだけで、親から隔離されてしまったサーヤ。サーヤがNICUから出てきたのは9月も下旬にさしかかった頃。約3週間もサーヤは一人ぼっちで生きてきました。
当時、毎日のようにお見舞いにきてくれていた義母が今でもこう言います。「ガラスの向こうで一人で泣いていたことを思い出すと、どうしてもサーヤをきつく叱ったりできないねえ。マーヤに比べてついついサーヤは甘やかしてしまうわ。」
9月の最初の水曜日に誕生した二人と私が退院できたのは9月の最後の日でした。7月25日に入院して以来、今思えば「たった」2ヶ月あまりの入院でしたが、とても長かったように感じます。
今でも少々小さめの二人ですが元気に3歳の誕生日を迎えることができました。
お世話になった先生と看護婦さん、産前はいろいろとガマンをしてもらい、産後は育児主担当として二人を育ててくれている夫、いつも支えになってくれるお義母さん、まわりで私たちを支えてくれている家族や友人、そして・・・双子を授けてくださった神様に感謝している私です。
【Photo】さーちゃんね、透明の箱の中でね、ママー、ママーって泣いてたのよ(サーヤ)
January 22, 2004

いよいよ手術の日がやってきました。
前の日の晩ごはん以降は絶食。夜9時以降は水分を摂るのもダメだったので、午後3時からの手術開始までノドが乾いて仕方ありませんでした。なぜかやたらに「バナナジュース」が飲みたかった記憶があります。
帝王切開の手術は局部麻酔で行われます。ですから、赤ちゃんを取り上げた直後にお母さんは自分の手で抱いてあげることもできます。双子の出産の場合は二人分取り上げないといけないので、途中で麻酔が切れてしまうこともあるそうです。そんなことになったらどうしよう・・・とドキドキで手術室に向かいました。
局部麻酔の注射は背中から入れます。「この注射が痛いのよ〜」と帝王切開経験者の入院仲間から聞いていた私は、さらにドキドキ。まずは、手術台の上でエビのように背中を丸めます。妊婦ゆえ、おなかが大きく、うまく丸まらないので看護婦さんが手伝ってくれます。(っていうか、押さえつけられます)
ついに麻酔の針が背中に入ります。
(コワイ、イタイ、キャー)
1回目は上手くいかなかったようです。気を取り直して2回目。
(ヤッパリコワイ、イヤー、キャー)
2回目も上手く針が入らない模様。続いて3回目。
(イタイヨー、コワイヨー、ヤメテー)
なんと3回目も上手く入りません。麻酔科の先生と相談する私の担当医。4回目、5回目にチャレンジ。私は恐怖と緊張でヘトヘト。心の中で(先生、明日に延期してください)と叫びました。
20歳の時に椎間板ヘルニアの手術を受けた私は背中(腰)に大きな手術の傷跡があります。この傷跡の部分の皮膚が固くなっていて、麻酔の針が上手く入らなかったようです。
麻酔科の先生と相談した結果、局部麻酔はやめにし、全身麻酔に切り替えることになりました。まずは本人(私)の承諾を求められました。そして手術室の外で待っている夫の承諾を取り付けに行かれました。
全身麻酔はかなり低い確率ではありますが、麻酔がかかったまま、元に戻らないケースもあるそうで、本人・家族の承諾が必要になります。「承諾」といっても、選択の余地はありませんので、私も夫も全身麻酔に承諾しました。ただ、出産の場合は手術に時間がかかると、おなかの中の赤ん坊にも麻酔がまわってしまい、危険な場合があります。しかも私の場合は二人分の出産です。
全身麻酔で危険にさらされるのは子宮口の近くにいる「小さい子」ではなく、奥にいる子でした。短時間で二人の赤ん坊を取り上げなくてはならない・・・先生の緊張感が私にまで伝わってきました。
麻酔がかけられ「いーち、にー、さーん・・・」、私は深い眠りに落ちました。
気が付くと病室でした。赤ん坊はいません。おなかの中にも、もういないことが不思議な感覚でした。
そばに付き添ってくれていた夫に「子供は無事?何グラムだった?」と聞きました。二人とも女の子で無事に生まれたそうです。最初に取り上げられた小さい子(長女・サーヤ)は1800g、その後に取り上げられた次女・マーヤは2300gでした。
二人の出産時間は15分違い。最初に取り上げられたサーヤは元気な産声をあげたそうですが、マーヤは麻酔がまわってしまい、仮死状態で生まれました。
二人はすぐにNICU(新生児集中治療室)の保育器に移されました。移送の様子を見ていた夫によると、「小さい子(サーヤ)」はかなり苦しそうな顔をしていたそうです。おなかの中で十分に栄養がいきわたらず、ひもじい思いをしていたのかも知れません。
仮死状態で生まれたマーヤも意識をとりもどし、なんとか無事に保育器の中で発育をはじめました。
二人が生まれたのは水曜日。私が子供たちに会えたのは、それから3日後の土曜日のことでした。
【Photo】あたし、気が付いたら透明の箱の中だったんだ(マーヤ)
January 21, 2004

「小さい方のお子さんの成長がとまっているようです」
8月の終わりに担当の先生からこんなショッキングなことを言われました。双子の出産予定日は10月半ば・・・まだまだおなかの中で育ててあげないといけないのに・・・。
双子や三つ子などの多胎妊娠は様々なトラブルを引き起こします。やはり人間の身体は一人の赤ちゃんを産むようにできているからでしょうか?
その一つに胎盤の共有あるいは癒着による栄養の偏り、ということがあります。
妊娠初期から二人の推定体重には差がありました。1割〜2割の差でしたが、成人の女性のスケールで考えると体重40kgの女性と50kgの女性の差ぐらいありますから、結構な差です。
そして一つのおなかに二人入っているので、どうしても二人とも小さめです。それでも、二人ともそれなりに成長し続けてくれていたのですが、ここにきて、小さい子の成長が止まっていると言われ、私も夫もかなりのショックを受けました。
このままでは小さい子は危ないかも知れない・・・。
胎児の一人が危ない、ということはもう一人も道連れになる可能性があります。双子は特に胎児のうちは運命共同体としての宿命をもっているのです。
先生は次のようにおっしゃられました。
「来週35週になったら帝王切開を行った方がいいと思います。35週で出産というのはかなり不安が残りますが、今のままでは小さいお子さんはおなかの中で死んでしまうかも知れません。今の医療技術であれば、35週の赤ちゃんでも保育器で十分育てることができますから」
週数は34週になったところでした。34週になると肺ができる、と言われています。安心して産めるのは37週を超えてからですが、34週というのは最初の合格ラインにあたります。それでも「何かがちゃんと育っていないかも知れない」という不安は私たち夫婦だけでなく、先生の心の中にもよぎったことでしょう。
そして私たち夫婦は決断しました。
小さい子にはなんらかの障害が出るかも知れない。それでも、すべてを受け止めようと。
水曜日の午後が私の担当の先生の手術日にあたるので、翌週、9月最初の水曜日に帝王切開をすることになりました。子供の誕生日が病院の都合であらかじめ決まることに、なんだか変な感じがしたものです。
いろんな不安を抱えながら、ついに手術の日がやってきました。
【Photo】さーちゃんね、ママのおなかの中にいた時ね、とってもおなかすいてたの(サーヤ)
January 20, 2004

2月の受胎告知から数ヶ月間、初めての妊娠ということと、初産婦としては高齢ぎみということもあり、私たち夫婦は安定期に入るまで、かなり大事をとりました。
身体を冷やさないよう下着にも気をつけ、夫は栄養のつく食事メニューを考えてくれ、私も通勤途上で転んだりしないよう十分に注意をしました。
ただ、仕事のピークが年度末に控えていて、毎晩遅くまで残業、帰宅してからも夜中の3時ごろまでパソコンに向かう日々が続きました。
ピークを超えるのが早いか、流産するのが早いか・・・今考えると、結構、綱渡り状態の毎日だったように思えます。それでもなんとか、胎内の双子はもちこたえてくれました。
4月、無事に仕事のピークも乗り越え、7月からの産休(予定日は10月でしたが、多胎妊娠の場合、産前14週間の産休が認められるんです)に向けて、少しずつ仕事の整理をしていかなければ・・・と考えていました。
そして、ゴールデンウィークも終わり、5月半ばのある日・・・。
夜中に出血してしまいました。
何度目かの診察の時に「前置胎盤」と診断されていた私は出血はとても危ない兆候です。出血量はそれほど多くなかったのですが、とりあえず病院に電話しました。状態を伝えると「明日の朝、診察に来てください」とのこと。
翌朝、出血はとまっていました。
私は安心し、「午後からは出勤するから」と会社の後輩に電話し、スーツ姿で念のために病院に向いました。
先生の診断は意外なものでした。
「今から入院してください。」
診断は「切迫流産」。安静が第一とのことで、診察室から病室まで車椅子で運ばれました。病室からトイレまでの歩行は許されましたが、それ以外は一切だめ。お風呂はもちろん、売店や公衆電話のところまで行くことも禁止されました。
スーツ姿で病室の布団に寝せられ、とりあえず夫が持ってきてくれるパジャマや荷物を待つ私。きっと異様な光景だったことでしょう。
最初の入院は10日で退院となりましたが、そのあとも出勤することは難しく、結局そのまま自宅療養となり、年休+産休で出産に向うことになりました。仕掛かったままの仕事もさることながら、会社の机のひきだしに入れっぱなしにしていた食べかけのチョコレートが妙に気にかかっていた私です。(^^;)
自宅療養中はひたすら「人間保育器」としてガマンガマンの日々でした。忙しくしていた時は「何もしないでボーっとできるなんて最高!」と思っていましたが、頭も身体も元気なのに動けない、というのはとても辛いものです。
買い物にもいけないので、初めての赤ちゃんを迎えるための出産準備もままならず、気晴らしもできず、単調な日々を過ごしました。しかも、多胎妊娠による様々なトラブルの一つである「妊娠中毒症」がおこり、食事制限もされてしまい、食べる楽しみも奪われました。
それでも「私は人間保育器」と割り切って頑張っていたのですが、7月25日の夜半、再び出血。その時は出血量も多く、夜中から再入院となってしまいました。
「お盆ごろには、また退院できるかな」と淡い期待を抱いていた私でしたが、結局、その入院は出産後まで続きました。
「前置胎盤」とは胎盤が子宮口近くにある状態で、起きている姿勢は腹圧がかかり、胎盤がはがれ落ちやすくなるそうです。胎盤がはがれ落ちてしまうと大出血を起こし、子供はもちろん、母親も助からないことがままあるとか。
そう脅されて、出産まで私は「人間保育器」として、寝たきり生活を余儀なくされたわけです。日に日にブルーになっていく私とは対照的に、おなかの子供たちがスクスクと育ってくれたのが救いでした。
ところが8月も終わりに近づいたある日、双子の一人がついに・・・。
【Photo】さーちゃん・まーちゃんがおなかにいた時、ママ、おすしも食べれなかったの
?(マーヤ)
January 19, 2004

今週は双子出生の秘密(?)をこっそりご紹介します。
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「不妊治療をされていましたか?」
診察台の向こうから、お医者様にこんなことを聞かれました。
「もしかして妊娠?」と思い、産婦人科で診ていただき、尿検査の結果「妊娠なさっています。赤ちゃんの様子を超音波でみてみましょう」と言われてのぼった診察台での出来事です。
「いえ」と答える私に先生は思いがけない一言をおっしゃいました。
「双子ちゃんですよ。心音が二つ聞こえます。」
自分が双子に生まれたかったぐらい双子に憧れていた私は、その言葉を聞いて思わず診察台の上でガッツポーズをしてしまいました。
まさかまさか・・・私が双子のママになるなんて・・・。
身体が震えるぐらい嬉しい一瞬でした。
診察室の外で待っていてくれた夫にすぐ報告しました。
「妊娠してた!しかも双子だって!」
夫も跳び上がらんばかりに喜んでくれました。
診察の後、初めての妊娠だったので、夫婦そろって助産婦さんの指導を受けることになりました。ニコニコ顔で並んで座っている私たちに向かって、カルテをちらっと見た年配の助産婦さんが一言。「双子ちゃんなのね」
「はい〜」満面の笑顔で答える私たち。
「喜んでいられるのも今のうちよ〜。双子ちゃんは大変なんだから。」
ひゅるるるるぅ〜・・・。一気にしぼむ私たちの笑顔と期待。
時は2月、「双子の大変さ」の本当の意味を知るのは、それからしばらくあとのことでした。
【Photo】私たち、ママのおなかに入ってたのよ(サーヤ&マーヤ)
January 16, 2004

子供が危ないことをしているのを見つけた時、こんな風に叱ることってありませんか?
「コンセントさわっちゃダメ!電気がビリビリきて危ないよ。ママのお友達で、コンセント触って遊んでいて電気がビリビリきて死んじゃった子がいるんだよ」
実話も作り話も交えつつ、脅し半分でつい言ってしまいます。
先日、お菓子を食べながら二人がソファーで飛び跳ねて遊んでいたので「食べながら暴れていると、食べ物がノドにウッて詰まって死んじゃうよ」と注意しました。
するとサーヤがすかさず言った言葉は・・・。
「あのね、さーちゃんのお友達でね、食べてる時にね、ピョンピョンしてね、ウッてなってね、死んじゃった子がいるの。3人も」
叱っていることも忘れて苦笑してしまいました。
それにしても「3人」とは・・・また具体的な・・・。(^^;)
【Photo】幼稚園に入ったら、お友達いっぱいできるかしら(サーヤ)
January 15, 2004

我が家では育児主担当も夫ですが、料理主担当も夫です。
何を作っても大味の私と違って、夫の料理は手際がよく、味付けも工夫されていて妻の私が言うのもなんですが、なかなか美味しいです。
家族で食事をするたびに、さらに美味しいものを作ってもらいたい下心もあり、双子たちに「パパの料理おいしいねえ」と話しかけます。すると双子は同調して「パパ、料理じょうじゅ(上手)ねー」「さーちゃん、パパのお料理だーい好き」と言います。
その後でパパだけ誉めるのも悪いと思うのか、双子は「ママもお料理じょうじゅよー」と言ってくれます。ちょっと考え込んで「えっとー・・・玉子焼きじょうじゅよー」「シチューもじょうじゅよー」と数少ない私のレパートリーからなんとか得意メニューをひっぱりだして誉めてくれます。
メニューがつきると「ママ、あまいもん(洗い物)じょうじゅよー」「お洗濯もじょうじゅよー」とも言ってくれます。(食後の後片付けと洗濯は私の担当)
こんな言葉を聞くたびに、「人は誉めて育てなければ・・・」とあらためて思う次第。洗い物の腕も磨くと同時にお料理のレパートリーも増やさなくては・・・でございます。(^^;)
【Photo】ママの料理は本当はねえ・・・(サーヤ&マーヤ)
January 14, 2004

子供が言葉を少しずつ覚えてきたら「言葉遊び」で遊べるようになります。私が時々やってあげるのは、こんな感じです。
私「『あ』のつくものなんだろ〜♪」
子供「あ、あ、あ・・・アイスクリーム」
私「そう!じゃあ、『ま』のつくものなんだろ〜♪」
子供「ママ!」
私「(^^)そうねえ。じゃーあー・・・『さ』のつくものなんだろ〜♪」
子供「さーちゃん!」
私「そう!正解!」
フシをつけて問題を出すのがポイントです。ドライブの最中などにやってあげると親も子も退屈がまぎれてなかなか。
こんな出題方法もあります。
私「『黄色い』ものはなんだろ〜♪」
子供「バナナー!」
私「そうだねえ、よくわかったねえ。じゃあ〜『赤い』ものはなんだろ〜♪」
子供「わかんない〜」
私「さーちゃんもまーちゃんも好きなぁ、赤くてー、皮を向いて食べるとシャリシャリしてー・・・」
子供「リンゴー!」
私「大正解!」
お風呂に入って身体を洗ってあげる時はこんな歌を歌います。
私「お手々で今日は何をさわった?」
子供「ルークちゃん!」
私「お手々で今日は何をさわった?」
子供「おもちゃ!」
私「いろいろさわったかーら、きれいに洗いましょう♪」
少しずつ言葉が増えてくるのも面白く、小さい頭をいっしょうけんめいひねって言葉を考える子供の表情はいとおかし・・・ですよ。
知育玩具や早期教育プログラムもいいですが、こんな言葉のキャッチボールも大切だと思います。そのうちに二人で「しりとり遊び」や「ナゾナゾごっこ」などを始めると思うと、今から楽しみです。
【Photo】お手々で今日は・・・いっぱいさわったよ(マーヤ)
January 13, 2004

私が子供の頃、大好きだった遊びの一つに「布団で車」という遊びがありました。休日の朝起きて、自分たちの布団を車に改造して妹と遊んでいました。
敷布団は敷いたままボディーにします。フロント部分は掛け布団を丸めて作り、リア部分も毛布やタオルケットを丸めて作ります。後部座席との間にもタオルケットなどを丸めてしきりを作るとより本物っぽくなります。
たったそれだけの「改造」ですが、布団の大きさが本物の車っぽっくって、子供としてはかなり本気になる遊びです。
私と妹は運転席と助手席に乗り込み、後部座席にはぬいぐるみやお人形たちをいっぱいのせて出発です。おままごとのお弁当などを持ち込んだり、リュックを持ち込んだり・・・気分はすっかりドライブ気分になったものです。
私自身かなり気に入っていた遊びだったので、甥っ子が小さい時にも布団で車を作って遊んであげました。予想以上に甥っ子は「布団で車」遊びにはまり、私が遊びに行くと決まって「ねえねえ車しようよ」とねだりました。
「車」は時に「船」になり、「宇宙船」になって宇宙の空を二人でながめたこともありました。甥っ子に「何歳まで車で遊ぶ?」とたずねたところ、当時5、6歳だった彼は「う〜ん・・・20歳ぐらいかな?」と答えました。
そして最近では自分の双子に「布団で車」遊びを伝授しました。我が家の場合は「ベッドで車」ですが、しっかりはまってくれました。
朝起きると「ねえママ、車くつって(作って)」から始まり、「ちょっとだけドライブしようよ」と誘われます。丸いクッションをハンドルに見立てて運転するマーヤ。ぬいぐるみと一緒に嬉しそうに乗っているサーヤ。幸せなひと時です。
【Photo】これは遊園地の車よ(サーヤ)
January 12, 2004

我が家では今のところ「子供はチョコレートご法度」としています。かくいう私はチョコが主食・・・というぐらいチョコレート大好き人間。夫も同じくチョコレート好き。なので家にはチョコレートが常備されています。
そんな環境でチョコレートを子供に食べさせないために、よくある手ですが「チョコは辛いよ〜」と言い渡しています。
子供ってなんでも食べてみたがる時期があります。その時期に夫が食べていた「わさび豆」を子供たちが欲しがったので、夫は「辛いよ〜」と言いながら食べさせました。結果は・・・二人とも「ギャオ〜!!!」
その1件で二人は「辛い」ということを身をもって知りました。百聞は一見にしかず・・・ならぬ、百聞は一舌にしかず、です。(^^;)
同じようにコーラも欲しがった時に飲ませてみました。結果は・・・同じく「カラ〜イ!!!」かなりしびれたようです。それ以来、コーラの自動販売機を見ると「これはカライのね、パパだけね」と言うようになりました。
チョコは未体験ですが、同じく辛いと思い込んでいる模様。コーヒーもお酒も「これはカライよ、大人だけ」と言うと「飲んでみる?」と言っても「イヤダ」と顔をそむけます。
大きくなってトラウマになったらごめんね。
【Photo】お寿司のわさびもカラ〜イ!!!(サーヤ)
January 09, 2004

子供は本当におもちゃが好きです。一日中、いろんなおもちゃを引っ張り出してきては、おもちゃじゃないものまで交えていろんな遊び方をしています。
でもよく見てみると、親が想定していないような遊び方をしていることがしばしば。
昨日の日誌にも書きましたが、ダンボールで作ってあげた「おうち」は毎回、横倒しにして窓の部分から頭を出して遊んでいます。製作者としてはちゃんとドアも作ってあげたので、そこから出入りして、お人形などを持ち込んでコソコソ遊んで欲しいのに、「おうち」というよりもジャングルジム状態です。崩壊するのも時間の問題?
ソフトブロックのパーツなど様々なものがままごとの「具」になっているのは日常茶飯事。小さな指人形などもシチューの具になったりしています。(かなりコワイ)
「お出かけごっこ」の際に使うリュックにも思いもかけないものが入っていて苦笑します。手近にあったものを「聴診器」に見立てて(どうみても聴診器には見えないのですが(^^;))お医者さんごっこをしたりもしています。
空き箱やカンカン、リボンに紙切れ・・・ちょっと可愛い柄のものを見つけると「おもちゃにしてい〜い?」と聞いてきます。そして無茶苦茶な用途で遊びます。
ぐちゃぐちゃに遊んでいる様子を見ると親の方はかなりストレスがたまるのですが、そこはグッとガマン。子供は子供でそれなりの世界観で遊んでいるのだと思って見てみぬふりをしています。
ただ、成長するにつれて、少しずつ遊び方も変わってきます。まともになっていくような、さらにエスカレートしているような・・・。
これからも親の常識を押し付けないよう気をつけたいと思っています。
【Photo】これもおままごとのお魚にしちゃうじょ〜(サーヤ)
January 08, 2004

子供が生まれる前から外国製のおもちゃの木製キッチンに憧れていました。デパートのおもちゃ売り場などに飾られているものです。子供が立っておままごと遊びができるほどの大きさで、収納もできて、色も可愛いし、それほどおもちゃおもちゃしていなくてインテリア的にもグッド。
値段は各パーツ(シンク・ガスコンロ・冷蔵庫など)数万円ずつするのですが、子供が2,3歳になっておままごとで遊ぶようになったら、ちょっと無理して買ってあげようと考えていました。大きくなっても収納ボックスの代わりにしてもいいし・・・などと考えながら。
ところがある日、友人の家に遊びに行った時のことです。5歳の女の子がいるそのおうちには、私がずっと夢みていたキッチンセットがありました。・・・が・・・そのキッチンセットはなんとベランダに追いやられていたのです。ガーン(*o*)
友人いわく「最初は喜んで毎日遊んでいたんだけど、そのうちに飽きちゃって・・・。そうなると家の中に置いておくとじゃまで仕方ないのよ。でも高い買い物だったから捨てるに捨てられなくって・・・。」
どんなに高価なものでも子供って飽きてしまうんですね。かなりショックを受けた私です。
でも、少しずつおままごと道具も増えてきて、やっぱりキッチンが欲しい!と思った私はあることを思いつきました。それが、12月10日にご紹介したダンボール箱で作ったキッチンです。
ミネラルウォーターが1ダース入っていたダンボール箱を2箱使って、キッチンを作ってあげました。試行錯誤しながら作ったので夜中に5時間ぐらいかかってしまいましたが、親の方も楽しめました。扉を開けるとおままごと道具を全て収納できます。
予想以上に双子からは好評です。我が家に遊びにきたお友達も「ワー」と言って遊びはじめます。
気をよくした私はダンボール箱で「車」と「おうち」も作ってあげました。車はオープンカー。おうちは窓と扉がついています。
ダンボール箱おもちゃのよいところは、気兼ねなく捨てれるところです。我が家のダンボール車もあまりに場所を取りすぎたことと、子供たちがおもちゃ入れにしてしまったので、ある紙資源ゴミの日にたたんで捨ててしまいました。
ダンボール箱でおもちゃを作る時は捨てることを想定し董△△泙蟠鼎蕕覆い海箸?觀蹐任后6鼎蟆瓩?涜膾遒砲覆襪蛤遒辰真討諒??里討蕕譴覆?覆辰討靴泙い泙后
工作好きのお父さんも挑戦してみてはいかがですか?
【Photo】ダンボールで作ったおうち。いつも横に倒して、「窓」から頭を出して遊びます。製作者の意図があまりくみ取られていません。(^^;)
January 07, 2004

ベビーベッドの枕元に可愛いぬいぐるみがたくさん
・・・赤ちゃんのいる風景ってこんなイメージでしょうか?
でも、本当は赤ちゃんの枕元にぬいぐるみを置いておくのはあまりよくないそうです。特に新生児のうちは、赤ちゃんの顔にぬいぐるみが倒れてきて、赤ちゃんの口や鼻をふさぎ、窒息させてしまうこともあるそうです。(ウソのような話ですが新生児のうちは何が起こるかわかりません)
我が家の双子は1台のベビーベッドに二人並べて寝せていましたが、やはりぬいぐるみは置かないようにしました。窒息防止という意味もありましたが、生まれて数ヶ月は赤ちゃんの方もぬいぐるみの意味がわからないし、何より、ずっと枕元にあると飽きてしまうんじゃないかと思ったからです。
昨日ご紹介した「おもちゃ分散作戦」と基本は同じなのですが、ぬいぐるみに関しても子供が見飽きないように、生後すぐ、我が家にあったぬいぐるみをいったんダンボール箱にまとめてトランクルームに持っていきました。(子供がいない家でも結構ぬいぐるみってあるんですよね。)そして子供の成長に合わせて少しずつ家に持ち帰り、遊ばせるようにしました。
子供が1歳、2歳の時は、この中にチップ&デールやミッキー&ミニーのぬいぐるみなどがあったので、お年玉やバースデープレゼント代わりに贈ったこともあります。ラッピングなどしていなくても、1歳や2歳の子供は喜びます。(あまり子供が大きくなると、この作戦は使えませんのでご用心を)
少しずつ与えているつもりでも、友人やおばあちゃんたちがプレゼントしてくれるぬいぐるみたちも加わってぬいぐるみは家の中でどんどん増殖していきます。(トランクルームにまだまだあるのに・・・しかもぬいぐるみって捨てられない)
赤ちゃん可愛さにぬいぐるみでお部屋を飾りすぎると、あとからさらにぬいぐるみが増えて大変なことになりますよ。お気をつけあれ。
【Photo】私はパパのぬいぐるみ?(サーヤ)
January 06, 2004

子供が一番喜ぶおもちゃって何だと思いますか?
それは・・・「目新しいおもちゃ」です。
子供の思考サイクルは大人が想像している以上に短く、かつどんどん成長するものです。だからかどうかはわかりませんが、おもちゃについても、すぐに飽きてしまい、目新しいものに飛びつきがちです。
そんな子供の特性をよく考えて、おもちゃの収納方法を思いつきました。名づけて「おもちゃ分散作戦」。
おもちゃがある程度増えてきたら、おもちゃ箱を用意します。箱はオープンなものが子供が自分でおもちゃを片付けやすくて便利です。中が見えるのが気になる方は布をかけてあげるとGoodです。(ランチョンマットなどでも可愛い)
「箱」よりもインテリア的には「カゴ(バスケット)」の方がよさそう。「カゴ」というと「籐のカゴ」をイメージしがちですがウィロー(ヤナギ)のカゴの方が柔らかくて子供向きです。(ただし、こわれやすいのが欠点)
ウィローのカゴは最近ホームセンターなどで1000円未満で購入できますので、同じサイズのものを2,3個用意しましょう。この時、おもちゃ箱(おもちゃカゴ)を2個以上用意するのがコツです。
我が家では同じサイズのウィローのカゴを4つ購入しました。そして1つ目のカゴにはお人形を、2つ目にはプラスチックの中ぐらいのおもちゃを、3つ目には小さいおもちゃをいくつかのカン(東京ディズニーリゾートのお菓子のカンなど)に分けて入れました。そして4つ目のカゴには・・・最近、あまり遊んでいないおもちゃをまとめて入れました。
そしてこの4つ目のカゴは子供の目にふれない場所に隠してみました。なぜだかおわかりですね。そう、何ヶ月かたって、このカゴを持ち出すと双子たちは目を輝かせて遊び始めたのです。「わぁ!こんなおもちゃがあった〜」
そう、4つ目のカゴに入っていたおもちゃは時間がたっただけで「目新しいおもちゃ」に変身したのです。4つ目のカゴを出す際には、またその時にあまり遊んでいないおもちゃを1つのカゴにまとめて隠しました。種類別に分けなくても、適当に4つのカゴをぐるぐる入れ替えていくだけでもいいと思います。
2歳程度のお子さんにはかなり有効な作戦です。隠しているうちに忘れてしまえば、迷うことなく、他のお子さんにあげてしまうこともできます。
他にもおもちゃを分散させている場所があります。
実家に帰省する時、我が家はおもちゃを持って帰りません。なぜなら・・・実家には甥っ子が昔遊んでいたおもちゃのおさがりがいっぱいあるからです。
年に2,3回帰省しますが、毎回、アンパンマンの電話やままごとセットやぬいぐるみなどでキャアキャア遊びます。
母はいつも「気に入って遊んでいるようだから、持って帰りなさいよ」と言うのですが、「ここで時々遊ばせるからいい」とやんわり断ります。家のおもちゃが増えるのがいやという理由と、実家に「目新しいおもちゃ」がある方が子供も喜ぶからです。
月齢・年齢に合わせて子供の目にふれるところに出しておくおもちゃを選ぶことも大事です。パズルや知育玩具などは一度子供に与えてみて、あまり興味を示さないようだったら、とりあえず隠しておくことをおすすめします。「そのうちに興味を持ってくれるだろう」と子供の目に触れるところに飾っておくと、子供は目が慣れてしまい、あまり興味を示しません。
数ヶ月後にまた出してみて興味を持てば与え、まだ難しいようだったらまた隠すという作戦はいかがでしょう。ただし、隠していることを忘れないように。(^^)
ぬいぐるみに関してはかなり大掛かりな作戦を展開中なので、こちらは明日ご紹介いたします。
【Photo】おもちゃのおうちで遊んでいるの(マーヤ)
January 05, 2004

お正月といえば「お年玉」。親の方は出費がかさみ、子供たちはホクホク顔・・・の時期ですが、お年玉でおもちゃやゲームを買ったお子さんも多いのでは?クリスマスに引き続き、家の中に新参者のおもちゃがあふれかえる時期ですよね。今年最初の週は、私がおもちゃについて日々考えていることを綴ってみたいと思います。
我が家ではおもちゃは極力買わないようにしています。お金がもったいないというよりも、置き場所に困るから、というのが大きな理由。
それでも不思議なもので、おもちゃはどんどん増えていきます。出産祝いにいただいたお人形や知育玩具、親戚や友人からおさがりでもらった積み木やブロック、おばあちゃんたちが買ってくれるままごとセットやキューピー人形、我が家に遊びにきてくれる友人たちがお土産代わりに買ってきてくれる小さなぬいぐるみ、そして意外に続々増えてくるドーナツ屋さんやハンバーガー屋さんでもらうおもちゃの景品・・・などなどです。
子供はおもちゃが大好きです。しかもおもちゃって可愛いですよね。親の方も子供の喜ぶ顔が見たいし、面白いおもちゃや可愛いおもちゃを見つけたらついつい買ってあげたくなります。
でも、そこはグッとガマンしています。(子供をガマンさせるより、親がガマンする方が大変です)ガマンの限界で、昨年のクリスマスにはサンタさんにおもちゃをいっぱい持ってきてもらいましたけどね。(^^;)
最近ではおもちゃ屋さんに行くたびに子供たちから「これ買って〜」「こんなのあったらいいと思うの」攻撃にあうようになりました。そんな攻撃にも負けず、これからもおもちゃはお誕生日とクリスマスにだけ買ってあげるように決めておきたいと決意していますが、どうなることやら・・・。
明日は、(そんな我が家でも)あふれかえるおもちゃを相手に実践している効果的(?)な収納方法をご紹介します。
【Photo】デパートのおもちゃ売り場でよく遊ばせます。「売り場」ではなく「遊び場」だと思っているようです。(^^;)本当はぜーんぶ買ってあげた〜い!